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公益財団法人 建築技術教育普及センター
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EC統合と英国建築界の変化

名古屋市立大学教授/瀬口哲夫

「QUA クウェイ」NO.2(1997年)より

1 ECのアーキテクト指令と英国の対応

 欧州共同体(EC)が、マーストリヒト条約の発効で、欧州連合(EU)となったのは、1993年1月1日のことであったが、建築設計にかかわるアーキテクトの自由移動は、それに先立つ1985年6月のアーキテクトに関するEC指令(85/384/EEC)によって、スタートしている。
 1985年にEC指令が成立してから、既に10年以上経過しているが、これにより英国の建築界の状況は、どのようになっているのであろうか。
 結論的に言うと、もともと1985年のEC指令の取りまとめに当たって、英国の代表が中心的役割を果たしたと言われるだけに、他国で問題になっている教育期間を最低4年間以上とすることとか、アーキテクトの名称の限定といったEC指令の内容が、英国にとって大きな問題になっていないと言ってよい。EC指令の時点での、欧州建築界の問題は、英国の水準以下のところがあり、この問題解決のために特例を設けたりしたのが実状であった。

 国情の異なる国が集まり、EUを形成し、その一つとしてアーキテクトの移動を自由にしようという試みは、貴重だが、国内法の改正を伴うため、実施しようとすると、右から左というわけにはいかず、多少の困難が伴っているようである。
 こうした国情の違いをチャッペル(文1)は次のように説明している。
 EC指令を実施するのは、簡単なことではないが、それは、建築教育制度の違いと、アーキテクトの役割が、国により異なっているところ、さらに、建築産業のあり方も異なるところに問題があると言う。例えば、ドイツでは、個々の契約に基づいて、多くの業者により、建設が行われる傾向があり、アーキテクトに対しては、現場でのマネジメントを行うことが期待されているという。これに対し、フランスでは、個々に契約して建築工事をすることは同じだが、フランスのアーキテクトの場合、実務的な役割が期待されることは少ないとしている。こうした違いは、建築教育に反映せざるを得ないし、アーキテクトの役割を違ったものにしている。
 英国の場合は、EC指令を受けて、1987年10月にアーキテクト(登録)法の改正を行っている。発効は11月である。具体的改正事項としては、EC指令に基づいて、英国での認定を求めてくる、EU加盟国のアーキテクトの登録と、短期滞在のアーキテクトに関する「ヨーロッパ資格」の項目を入れることである。さらに、EC指令に明記してある条件、つまり4年以上の建築教育機関での卒業証書とアーキテクトのもとで2年以上の実務訓練を受けたことを証明する資料を提示することで、ARCUK(Architects Registration Council of UK:英国建築家登録審議会)に登録できるようにしている。
 ARCUKは、英国人のアーキテクトの登録審査を行っているが、EC指令に基づいて申請してくるECアーキテクトに対しては、この種の審査をしない。ドイツ等の例外的なものについても個別に取り扱いが規定されている。
 特定のプロジェクトのために英国で一時的に仕事をするECアーキテクトについては、短期滞在アーキテクトとして扱い、これらの人は、一般の登録とは別に登録することにしている。この場合、当該プロジェクトやその期間に関しての必要書類を提出しなければならない。

 以上の手続きをした上で、登録してくるECアーキテクトに対しては、英国のアーキテクトと同じように、英国の倫理規定が適用される。また当該アーキテクトの行為は、英国内だけではなく、それぞれの出身国での行為も対象となり、その行為は、英国へ及ぶとしている。
 EU加盟国は、英国で行ったのと同様な国内的手続きをそれぞれすることになっている。英国の場合、アーキテクトという名称の独占のみで、アーキテクトによる業務の独占がないので、ARCUKに登録しなくても、英国内で、他のECアーキテクトが設計業務を行うことは可能である。しかし、RIBA(Royal Institute of British Architects:王立英国建築家協会)はECアーキテクトとして、ARCUKに登録することをすすめている。

2 アーキテクトに関するEC指令後の英国での変化

 1985年のEC指令以後、どのくらいのECアーキテクトが、ARCUKに登録しているかを見ると、アーキテクト(登録)法が改正された翌年の1988年には、116人、1987年には74人、1990年には68人、1991年には32人、1992年には20人となっており、延べ人数で見ると、1994年末現在336人になっており、かなりの数になっていることがわかる。
 これらのうち、アイルランドのアーキテクトが154人で、一番多い。アイルランドは、地理的条件からも英国と関係の深い国であるので、この数は、ごく自然と言うことができよう。次いでドイツ(51名)、オランダ(30名)となっている。ドイツからのアーキテクトは2番目に多い。それはともかく、330人を越えるECアーキテクトが登録している英国のアーキテクトの数は3万1千人強なので、この数は約1%に当たる。
 英国で登録するECアーキテクトの数が減少しているが、これは、英国の建築産業の状況と対応している。特に80年代末にバブルがはじけ、英国の景気が悪くなったことが影響していると考えられる。

 一方、英国のアーキテクトが、どれくらい他のEU諸国に出かけて行き、アーキテクトとしての登録をしているかと言うと、経済的関係から見て英国からアイルランドへ出かけるというのは大きな流れではない。従って、数から見ると、英国から出る人数の方が、英国へ来る人数より少ないと思われる。
 他のEUの国へ出かけて行くとなると、英国から見て障害があるようで、フランスの場合は、登録するのにフランス国内の住所が必要となるし、スペインなどでは、各州ごとに登録しなければならない。登録に当たって時間がかかることもあり、これが問題となることもあるという。アーキテクトに義務づけられた保険制度も障害になることがあるという。
 特に、フランス、スペインなどのように、アーキテクトの業務独占のある国へ出かける際に、問題が生じているようである。英国のアーキテクトは、経済活動が活発で、距離も近いこともあり、フランスに多く出かけているようである。また、フランスのアーキテクトの仕事の範囲が基本設計中心ということとも関連があると考えられる。アーキテクトの役割が実施設計や現場のマネージメントのような実務に近い場合は、業務上の制約が加わり、他国からの参入はこれほど簡単ではない。
 英国内について言うと、サーベイヤーをECアーキテクトとして認めてもらえるかどうかの問題が残されている。

3 欧州構造基金と公共調達指令

 ECアーキテクトの移動性を高める要因として、欧州地域開発基金(ERDF)などの欧州構造基金(注1)と公共調達指令(1989年1月施行)などがある。
 例えば、欧州地域開発基金は、EU内の地域間格差を是正するためのプロジェクト資金となっている。パリ北西部のオート・ノルマンディ地方では、エコミュージアムづくりが進んでいるが、この地域のプロジェクト資金の半分は、EUのこの種の基金からの補助金によってまかなわれているという。エコミュージアムの場合、EUに対しプロジェクトを提案し、資金を獲得するので、地元のフランスのアーキテクトに有利かも知れないが、補助金の性格からいって、これらのプロジェクトへECアーキテクトが参加していく機会は今後増えると考えられる。
 EUの公共調達指令は、アーキテクトの自由移動を後押しすることが予感される。特に、1990年に草稿が出され、1992年に成立した「ECのサービス指令」は、業務のオープン化を目的にしたもので、一定額(40万ECU注2)以上の契約に適用されることとなっている。つまり、これからのサービス業務については、入札または競争とすることで、EU加盟国の企業、個人に対し、オープンにしようとするものである。その手始めとして、EUのオフィシャル・ジャーナルで公表することにしている。建築設計業務の場合は、単なるサービスの提供と異なるので、随意契約も可とされている。フランスでは、一定額以上の公共建築は、建築設計競技にされることが、一般のようだが、英国では、このようになっていない。だからといって、設計入札を強制することもできないということで、随意契約も可とされたと思われる。
 建築設計の場合は別としても、少なくとも一般的サービス業務については、徐々に公開性が高くなってくることになろう。

4 公共調達とCUP

 EUの成立に伴う、人とサービスの自由移動の動きと、英国内の規制緩和の流れとが一体となった一つの動きがある。それが、英国のアーキテクト(登録)法の廃止と公共調達方式の再検討の動きである。
 英国のアーキテクト(登録)法については、アーキテクトという名称の独占が競争の自由を妨げているとし、廃止法案の国会への提出が予定された。事の起こりは、英国環境省の諮問に答えて、提出されたウォーレン・レポート(1993年)からである。これは、消費者保護を主張するアーキテクトに対して、自由競争を主張する他産業の人たちとの対立という構図をとったが、結局、この年の終わりにARCUKの改組縮小ということで、廃止法案の提出が中止された。アーキテクト(登録)法を廃止しようとする動きは、EU諸国全体の流れに逆行するものであったが、英国保守党の指導のもとで自由競争という名目で推し進められただけに、アーキテクトの職能を改めて問う形となった。
 英国での公共調達に関しては、1986年1月にCUP(注3)という組織が設立されている。CUPは公共調達についてのガイダンスを出したり、政府機関に助言する機関である。CUPの助言は、強制的なものではないが、政府部局の方針に一定の方向性を与える。建築資材等の購入に一定のルールがつくられるということは、建築設計というサービス業務などを、例外にしにくく、何らかの影響が予想される。
 これとは別に、英国の環境省は発注のための建設業者とコンサルタントのリストを準備している。コンサルタント関係の登録数は、約4,000で、そのうち約1,500は建築設計関係である。これらの設計事務所は、主たる業務により特殊建築、建築技術、設計業務、保存、建物損害、法的問題、クライアントのサポートなどのカテゴリーに分類されている。環境省への登録に当たっては、これまでの業績リスト、所長またはパートナーの経歴、利害の衝突に関しての情報開示、所員、品質保証、保険、取引銀行、持株会社の有無等かなり詳細なデータを提出しなければならない。中央官庁の発注形態として、デザインビルドが採用されているようである。

5 地方自治体のアーキテクトとCCT

 一方、地方自治体の方も変化がある。地方自治体も近年の組織替えで、かつての建築局(注4)は少しずつ減り、最近では技術業務局(注5)等の名称に変更されつつある。こうした組織替えの進行により、チーフオフィサーとなっているアーキテクトのいる局は、半数以下になってしまっているという。このことは、官庁アーキテクトがこれまで役所内で占めていた地位を弱くするものである。この組織変更は、これまで役所内で行っていた設計の仕事を民間に発注することとつながっているという。業務の外注化は、清掃業務などの外注化から始まったが、今では設計などの専門的業務にまで及んでしまっている。

 庁内設計の外注化を引き起こしている遠因は、CCT(注6)である。これは、業務の外注化に伴い、競争入札により、価格をできるだけ押さえようとする試みである。ロンドンなどの地方公共団体では、1996年より、専門業務の65%をCCTに出さなければならなくなる。大まかに言えば、これまで地方自治体で働いていたアーキテクトの3分の2は、不要になることになる。
 英国でのこうした動きは、サッチャー首相以来の、規制緩和と民営化、競争原理の導入などの政策の実施の結果であるが、それに、ECのサービス指令や公共工事指令(1990年)などの動きが加わっている。
 1994年のRIBAジャーナル(注7)の記事でも、このことが、報じられている。現在、フルタイムで働いているアーキテクトの数は、19,800人程度で、そのうちの5,000人は官庁アーキテクトである。彼らは、今や解雇の危機に立たされているという。一方でこうした官庁アーキテクトの経験と技術に注目し、彼らを雇っていこうとしている会社がある。ケビン・トーマスが率いるセルコ(注8)やWSアトキンスといった会社である。セルコは、キングストン・アポン・テームズ区の建築部のもとのスタッフを丸ごと引き受け、新しい設計事務所を設立し、これまでの区の建替の仕事を引き受けようとしている。

 英国の公共建築事業は、新築と修理を合わせて、年間350億ポンド(約6.65兆円注9)程度である。これは決して少なくない金額である。公共建築事業の外注化で、新しいマーケットが出現することになるわけで、その受け皿づくりが行われていると見ることができる。この分野に進出しようとしているのが、1万人以上の従業員を持つセルコといった大企業であることは注目されよう。
 このように見ると、最近の英国でのCCTと地方自治体の建築局の縮小解体とが、かなり密接に連動していることがわかる。
 これに対し、RIBAは、経済効率のみを追求し、建築の質をなおざりにする恐れがあること、当初のコストが安いことは、建物の維持管理費を安くすることにつながらないことなどを指摘し、CCTの方針を批判している。これに対しケビン・トーマスらは、市場メカニズムにさらしたら、質が悪くなるなどということは、空論であると反論する。むしろ民間は、仕事を取るために、一生懸命働き、よりよいものをつくるように努力するものだという。彼のもとで働くアーキテクトも、顧客に満足してもらうことが重要であるとし、ケビン・トーマスを支援する。
 ECのアーキテクト指令では、それほど変化が目立たないが、公共調達や競争原理の導入により、英国の建築設計界は大きな変化に直面していると言える。

文1 D.Chappell & C.J.Willis 「The architect in practice」1992年

文2 RIBA「Building Procurement in the Public Sector」1992年

注1 欧州構造基金:the Structural Funds

注2 ECU:EUの通貨の単位

注3 CUP:Central Unit on Purchasing(中央購買機関)

注4 建築局:Architect's Department

注5 技術業務局:Technical Services Department

注6 CCT:Compulsive Competitive Tendering(強制競争入札制度:1992年のthe Local Goverment Actで導入された)

注7 「Public Convenience」RIBA Journal,1994年10月

注8 セルコ:Serco

注9 1ポンドを190円とした場合

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