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公益財団法人 建築技術教育普及センター
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フィンランドの建築教育2

大久保慈(ヘルシンキ工科大学建築学科ディプロマ学生)

「QUA クウェイ」NO.33(2005年)より

スペシャリストになる―専門教育と職業実習

 インターネットから三省堂の大辞林で「専門家」と引くと、「ある技芸や学問などの専門的方面で、高度の知識、またすぐれた技能を備えた人。」と出てきます。フィンランドの建築教育における、“社会に優良な建築家を送り出そう”というモットーの元、基礎知識を基にさらに専門性を高めてより高度な知識と技術を習得させて、それを実践する力を備え、そこで学生は専門家となり世に出るのです。
 専門教育は主にセミナー形式で行われます。設計課題を中心にリサーチ、講義、テスト、視察旅行などを組み合わせてひとつのセミナーが成り立ちます。それらは講義のみ、視察旅行とそのレポートのみの履修もできます。半年から1年以上かかるセミナーは履修状況によって2単位から10単位程度の単位が与えられます。その課題内容は毎年変更し、特別セミナーなどが提供されることもあります。
 特色のあるセミナーを具体的に紹介しましょう。木造セミナーでは毎年学内で設計競技を行います。その出来栄えを見てセミナー参加者を決めるのです。最優秀作は実際に設計、制作することになります。木の特性や扱い方を学びながら、デティールなどを詰めていきます。それはセミナー参加者による建築事務所又は木工所といった様相を呈すのです。そこでつくられた作品は、例えば国際的な建築賞をいくつも獲得した動物園の物見台(2002年)や森の中のサウナ小屋(2003年)などです。木の革新的な利用方法や斬新なデザインなどから、その後のフィンランド建築界の新しいヴィジョンを切り開いていくと言って過言ではないでしょう。
 ワールド・アーキテクチャー・セミナーは特に開発途上国での開発援助について建築的、社会学的、都市計画的視点から学ぶものです。グローバリゼーションの流れの中で建築家達が外国に出て仕事をすることが多くなっていることをふまえて始まりました。その国の歴史的、文化的、社会的、経済的背景を考慮して、耐久持続性のある開発援助事業のありかたを考えるのです。フィンランドでの講義、演習、に加えて実際に開発途上国を訪れて開発提案をします。国連開発計画で働いていたフィンランド人建築家のもと、今年は西アフリカのベナン共和国にあるグラン・ポポという村で測量、地図作りからコミュニティー調査、開発提案を行いました。このコースで1996年にセネガルのルフィスクという村に提案した女性センターが5年の歳月を経て完成し、数々の建築賞を受賞しています。このコースを履修した多くの学生が卒業後に国内外の機関で開発援助の仕事に携わり、活躍していることも特筆すべきでしょう。
 実施設計というコースは週に1度講師と面接形式のチュータリングを行いながら、建設許可申請に必要な図書を全て作成するというものです。これを機に実際にクライアントを見つけてサマーコテージや住宅などを建てる学生も多数います。
 またJOO契約という制度があります。これはヘルシンキ工科大学の学生は、相手大学の許可を受ければフィンランド国内のどの大学でも学ぶことができるというものです。この制度により自分の学校に無い授業や他分野の授業を履修できるのです。そうして必要に応じて自分の専攻分野を深めていきます。工芸大学や芸術大学の授業をとるのは一般的だし、中には他大学でマーケットや心理学、社会学を学ぶ建築学生もいます。
 そしてもうひとつ、専門性を高めるための特徴として職業実習があります。これは自分で職場を見つけて働きに出ると、その期間に応じて単位がもらえるというものですが、工事現場実習、事務所実習ともに必修になっています。

フィンランド流産学連携

 フィンランドの学校教育は無料です。学生達は政府からの学生手当てをもらったり、職業実習を兼ねて働きに出るなどして生活費を調達して学校に通うのです。
 フィンランド建築家組合(SAFA)は建築家団体として労働組合的な側面を持ちます。学生の給料の推奨額を提示しているのです。学年によって代わるその額は、日本の学生アルバイトの賃金よりも格段に高いのです。事務所での業務は図面描きや3DのCG、プレゼンテーションの作成などはもちろん材料選びや現場監理などもします。建築学生に対する求人広告はどんなコンピューターソフトをどれだけ使いこなせるか、どんな経験や能力を必要としているのかをはっきり提示しています。だから学生といえども労働力マーケットの中の商品として、自分を売り込めるように技術を身につけなくてはならないのです。
 必要なコースを片付け、ある程度の職務経験を積んだころ学生達は卒業制作に取り掛かかります。担当教授のもとその研究又は作品を企業や公共機関に対して行う学生も少なくありません。企業や市町村の都市計画局の研究、調査、プロジェクトを請け負うのです。卒業制作だから無料でというわけではなく、もちろんそれなりの給料をもらってそれなりの作品をつくるのです。中には公開設計競技に勝ってそれを建てるのを卒業制作とする学生もいます。フィンランドの設計競技は無記名かつ厳重に公平を期しており、学生が最優秀賞を受賞してその後の設計の権利を手にするということもあるのです。

 自分の技術を売るフィンランドの建築学生ですが、実はその技術を売っているのは学生だけではありません。ヘルシンキ工科大学建築学科では教育の質を維持し、時代に則した教育を提供するために、いつも資金調達に悩み、試行錯誤しているのです。例えばコンクリート会社はコンクリートと視察旅行を提供する代わりに、学生作品を雑誌等に社名入りで掲載しています。前述の木造セミナーは木材会社、クライアント、学校とが提携しているのです。発表される学生作品が創造的で斬新なものであれば、その産業界に与える影響は計り知れないのです。話題性があるのでクライアント側にもメリットがあります。実は設計課題の多くは実際のクライアントがいて、学生の作品自体やそれらを出版する権利などを買ってもらっています。学生としても、もしクライアントが作品を気に入ってそこから先の設計を・・・・・・ということになれば自分の仕事になるという機会もあるので、真剣さが違ってきます。クラスを履修する前にそういった旨の契約書にサインさせられることがあります。そうして資金調達をしてクラスが成り立つのです。
 日本では産学官連携が叫ばれていると聞きます。ヘルシンキ工科大学は国立大学だが資金調達、スポンサー獲得のための一番のストラテジーは実践的な教育であり、その成果品(=学生と学生作品)がそのまま商品になるのです。そうして卒業していく学生たちは建築、都市計画関係の仕事に就き、社会へと巣立っていきます。

これからのビジョン

 フィンランド建築の重要な一環を担ってきたヘルシンキ工科大学建築学科ですが、その未来像、これからの課題について学部長であるシモ・パービライネン氏に聞いてみました。
 まず同氏の口をついて出たのは目前の課題として迫ってきているEUのボローニャ条約でした。これはEU諸国の大学教育の年数を学部、修士課程前期とあわせて5~7年に統一しようというものです。前述のとおり、フィンランドの建築学生の平均在学期間は11.8年です。この課題が至難のものとなるであろうことは容易に想像がつきます。この課題に合わせて教育プログラムをどう変えていくのか、話合いと模索は始まったばかりです。
 同氏はフィンランドの建築界を率いる建築設計事務所の所長です。フィンランドの建築業界で、建築家の人数と仕事量といったバランスは取れているのでしょうか。そして業界の必要とする人材とはどういったものなのか聞いてみました。「都市計画分野において新しい法規の枠組みの中で建築家の需要が高まっていることは確かだ、そして首都圏における建設ラッシュが続いていることも確かだ。しかし産業界において生産部門の海外移転が続いているので国内投資が減り、関連する新築が減っていることもある。だから経済の波による短期的な仕事量の波はあるが長期的な流れの中で建築家の数と仕事量のバランスは取れていると思われる」とのことでした。欲しい人材に関しては「まずコンピューターの技術が第一基準に上げられるだろう。3Dなどのグラフィックの需要に加えて、情報処理やネットワークの知識が事務所内でも求められるようになってきているからだ。その上で共同作業における柔軟性、建築に対する熱意と興味が欲しい。新しい、斬新なアイデアがいつでも出せるように、先入観にとらわれないことも重要だ」ということでした。例え学生労働者であってもプロジェクト・チームの一員としてデザインに貢献し、責任を担うフィンランドの設計事務所では、当然必要になってくる態度なのではないでしょうか。

 フィンランドの建築家はグラフィックデザインや工業デザインにも深く関与しています。そのことにも触れてみました。「フィンランドの建築家は昔から頼まれたものをデザインしてきた。それは例えば教会をデザインすればその椅子や食器までデザインしなくてはならない。アルバ・アールトがガラス器や椅子をデザインしたのも同じく産業界から求められてのことだ。建築教育は(分野が)広く広大だ。それは小さな一片一片を大きな全体像に合うようにデザインするための大きな洞察力を育てるからなのだ。全体像をイメージして一片を作る。デティールや食器といった小さな断片から建物、そして地域計画、都市計画にいたるまでの全体像を見る視点、それが建築家に必要なのだ」ということでした。

 パービライネン氏にはこれからの未来の建築家に必要なものは何か、という主旨でインタビューするつもりでした。しかし結局はフィンランドの建築家に必要なものは伝統的に建築家達が大切にしてきた、普遍的な心意気だったのかもしれません。

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