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公益財団法人 建築技術教育普及センター
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北米3ヵ国における建築家資格の相互認証とメキシコの建築技術者制度

メキシコ国立防災センター/佐藤英明(建設省派遣職員)、十文字剛((公財)建築技術教育普及センターより出向)
(公財)建築技術教育普及センター建築技術者教育研究所/熊谷雅也

「QUA クウェイ」創刊号(1996年11月1日)より

1 NAFTAに基づく北米3ヵ国の建築家資格の相互認証の動き

 建築活動の国際化の進展に伴い、ある国の資格を持つ建築家が他の国において自国の資格によって活動できるよう資格を相互認証しようとする動きが世界の各地で進んでいます。
 例えば、欧州連合圏(EU)では、当センター発行の「建築 普及&資格」レーダー欄「諸外国における建築技術者制度の現状(第1回)」で紹介したように、1985年のEC(当時)閣僚理事会による指令に基づく相互認証の制度が作られ、各国ではこの指令に従って建築家制度に係る自国の関係法令の改正を進め、圏内での建築家の移動の自由化が進んでいます。
 北米地域においては、北米自由貿易協定(NAFTA)に従って建築専門サービスの国際取引に関する問題を解決することを目的とした、カナダ、アメリカ、メキシコ3国間の建築家資格の相互認証のための検討が、1990年より行われています。NAFTA第8章では、「各国の関連機関が、専門サービス提供者の許認可と証明に関して相互に認定できる基準を打ち出すこと及び相互認定に関する勧告をNAFTA関連委員会に提出すること」を奨励しており、1995年11月には、メキシコ合衆国(キンタナロー州カンクン)に3国の建築家資格の担当者が集まり、調印に向けメキシコ側より勧告案が提出されました。(表1)

 勧告案の内容は、3国の国民で、建築実務を行うことを認められた者(建築家)が他国で建築実務を行うことができる場合の基準等を定めるもので、基準に適合する場合でも、受入国側が承認し、行政機関や職能団体が必要と判断する当該国の現地知識に関する試験に合格した後でなければ建築実務を行うことはできません。
 基本的には、各国の建築家免許証や登録証を持つ者が対象となりますが、メキシコについては、アメリカ、カナダとの教育や資格制度の違いを反映したためか、免許証に加えて職能団体が発行した専門職業に関する業務経歴書が必要となっています。
 この案は各国で持ち帰り、検討、調整を行った後、1996年5月カナダで調印される予定でしたが、各国の諸事情により延期となっており、この勧告案に基づく協定はまだ締結されておりません。協定を作成する作業は概ね終了している様子ですが、歴史的、社会的な事情により、特にアメリカの州レベルでの合意形成に時間がかかっているようです。
 既にアメリカとカナダの間では、1992年以降、アメリカに、カナダの各州が順次加わる形で、建築家資格を得るための共通試験(ARE: Architect Registration Examination)を共通的に行うようになっています。また、両国の建築家資格の認定を行う機関である全米建築家登録委員会協議会(NCARB)とカナダ建築評議会委員会(CCAC)は相手国の建築家を相互に認定するための協定を1994年7月に締結しています。この協定により相手国に登録された建築家を自国でも建築家として登録するといった制度が整備されたことになります。このように、メキシコを加えた3国が相互認証協定を結ぶための基礎は既に築かれているのです。

 世界貿易機構(WTO)体制の下、貿易の自由化が進められていますが、建築家等の専門職業についても国境を越えて業務を行うことができるようにするための環境の整備が求められるようになりつつあります。このためには資格の国際的な相互認証が必要となります。
 建築家資格の相互認証を進めていくに当っては、異なる歴史的、文化的背景のもとで形成されてきた各国の建築家制度間の互いに異なる部分について調整を行っていく作業が不可避なものといえます。その意味でも、北米3ヵ国で進められている作業は今後の我が国の相互認証への対応を考える上で、興味深いものがあります。
 今回は、相互認証のための作業が続けられている北米3ヵ国のうち、メキシコの建築家資格と建築実務に関する状況について紹介することとします。「建築 普及&資格」第2号で紹介したアメリカの建築家資格も併せてご覧いただけると参考になるでしょう。

表1:カナダ、アメリカ、メキシコの建築家の相互認証に関する勧告案の概要(1995年11月のメキシコ合衆国キンタナロー州カンクンにおける会議で採択された案文の要旨)
1 背景:NAFTAの精神と背景に基づき相互認証に関する基準、手順、措置を打ち出す。
2 建築家団体の代表者:カナダ建築協議会(CCAC)、アメリカ建築家協会(AIA)、メキシコ建築国際業務委員会(FCARMとASINEAの代表による)
3 用語:(略)
4 建築実務:建築実務とは、各国において建築専門家証明書を必要とする作業を意味する。自国以外で実務を行う建築家は、現地の建築家が行うことのできる範囲のサービスしか提供できない。自国以外で実務を行う建築家は、自分が自国で行う以外のサービスは提供できない。
5 登録:三国で建築実務を行うためには、各国における建築実務を行うための許認可書類の同等性が認定されることが条件となる。受け入れ国側が必要と判断する現地知識に関する試験に合格した後でないと、実務を行うことができない。
6 出入国とビザの問題:(略)
7 職業倫理(一般原則):(A~Fの6項目が提示され)これらに関わらず、自分が実務を行う地域の倫理基準に従わなくてはいけない。
8 規律とその適用に関する条項:実務を行うに当っては、実務を行う地域の現行法の規制を受ける。建築家は現行法規に従う義務があり、実務を行う地域の当局や団体の監督下に置かれる。
9 継続教育:継続教育を受けることは、各建築家とその所属する団体の責任である。
10 紛争の解決:三国の団体の代表は合意に到達するための努力を行う義務がある。合意に達しえない事態が発生した場合は、NAFTA文書に定められたメカニズムに委ねる。
11 メカニズムと手順:(略)
12 批准と導入:(略)
13 定期的な見直しと改定:この文書は、少なくとも2年毎に見直しと改定を行う。
14 脱退:(略)
15 発効:(略)

(注:表中の用語や言回し等は、要約のため意訳や省略を行っている部分があります。)

2 メキシコの建築教育

 メキシコの教育制度は、小学校6年、中学校3年、高等学校3年、大学4年から5年となっています。しかし、進学率は、中学校約50%、高等学校約13%、大学については数%と非常に低い水準に留まっています。
 建築技術者を養成するための学校教育は、高等学校、大学レベルで行われています。大学では、主として建築学部(建築家教育)・工学部土木学科(エンジニアリング教育)及び装飾学部(インテリアデザイナ-教育)で行われていますが、日本のようにデザインとエンジニアリングの両方の教育を受けた後、専門の分野に進むという形にはなっていません。
 建築家免許取得のための教育カリキュラムは、申請のあった大学に対してメキシコ建築教育協会(ASINEA:La Asociacion de Instituciones de Ensenañza de la Arquitectura)がチェックし、適切な学科かどうか判定し、認定を行っています。また、この機関は、教育水準の向上を目指し、数年毎にカリキュラムの見直しを行い、大学に対して指導をしています。
 なお、ASINEAが認定した大学は、メキシコ合衆国国内に約100校存在します。
 メキシコ国立自治大学(UNAM)の建築学部の教育課程を表2に示します。

表2:建築学部の教育課程
1年次 建築倫理、建築史、環境と都市、数学、構造、幾何学、図形表現、コンピュータ、プロジェクトデザイン、構造デザイン、環境技術
2年次 建築史、環境と都市、幾何学、図形表現、構造、プロジェクトデザイン、構造デザイン、環境技術
3年次 建築理論、建築史、都市環境デザイン、図形表現、プロジェクトデザイン、構造デザイン、構造、管理
4年次 建築理論、建築史、環境技術、プロジェクトデザイン、構造デザイン、構造、管理、実務経験
5年次 プロジェクトデザイン、構造デザイン、実務経験

※注)その他、人文理論、都市環境、プロジェクト、建設各コースに応じた選択科目がある
(1996年1月1日現在)

 メキシコの国公立大学の教育システムは、早朝7時から夜10時までの時間を二部に分け午前と午後に同じ授業を行う形で行われています。ほとんどの学部学生、大学院生は勉学半日、勤労半日といった生活を行っています。
 大学を卒業し、建築家(Arquitecto)、土木技師(Ingenieros de Civil)又は建築技師(Ingeniero Arquitecto)といった称号を取得するためには、必要単位取得、社会奉仕・建築実務の実施、学位論文作成、卒業試験合格の全条件を満たすことが必要であり、通常、5年半から6年かかります。建築家、土木技師、建築技師の称号は、それぞれ建築学部、工学部土木工学科、建築工学部を卒業した者が取得することができます。

3 メキシコの建築関連技術者資格制度

(1)建築家

1 制度の歴史

 建築家については、1946年制定の「労働法・建築家に関する法律」に規定されています。法律制定以前は、建築家学会(Sociedad de Arquitectos Mexicanos A.C. 1905年設立)が建築家をまとめる活動を行っていました。
 法律制定後、新たに各州において建築家協会(Colegio de Arquitectos de各都市名A.C.)が設立(1946年)されはじめ、同時に建築家学会と統合し活動を行っています。
 また、1965年には、各州の機関がまとまり、建築家の資質・技術向上のためにメキシコ建築家協会連合(Federacion de Colegios de Arquitectos de Mexico)が設立され、現在に至っています。

2 資格取得方法

 建築家の称号(資格)を取得するためには、ASINEA認定大学建築学部を卒業しなければなりません。卒業に必要な条件は次の5項目です。
(1)卒業必要単位取得
(2)社会奉仕:最低6カ月から1年間(480時間以上)、文部省が認定した建設関係機関(主に公共的機関)において無給で研修、実務を行う。
(3)建築実務:文部省が認定した建設関係機関(主に設計事務所、建設会社等)において有給(一般に交通費程度とのこと)で最低1年間(480時間以上)建築業務補助を行う。
(4)学位論文:通常、ある建設プロジェクトを自分で企画立案し、企画設計、実施設計、施工方法、施主受け渡しにかかるすべての工程を論文の形に纏めあげなければなりません。
(5)卒業試験:試験時間は約5時間であり、指導教官を含む5人の教授が学位論文について様々な質問をし、それに回答できなければなりません。不合格の場合は、再度、他のテ-マで学位論文よりやり直さなければなりません。
 大学卒業後、その大学がある州が建築家免許を発行し、晴れて建築家として業務をすることになりますが、この免許は、州内のみ有効のものであり、メキシコ全土で有効の免許は、専門技術総合局(DGP:Direccion General de Professiones en Mexico)に申請し免許を受けなければなりません。日本の建築士試験のようなものは実施されておりません。
 なお、土木技師称号取得等についてもほぼ同様です。

(2)工事責任者(DRO)

 メキシコにおいて建築実務を行うためには、建築家の免許を持っていることが必要とされています。しかし、実際に建築物の建築を行うためには、建築家のみでなく次に述べる工事責任者(DRO:Director Responsable de Obra)がプロジェクトに関わることが必要である場合が一般となっています。
 このDROは、建築家等の資格を持つ者のうち、一定の要件を満たすものに与えられる資格で、建築の実務に関して大きな権限を持っています。

1 DROの責務

 DROは、日本の建築基準法及び建築士法に相当するメキシコ市建築基準(Reglamento de Construcciones para el Distrito Federal)に定められている制度です。
 メキシコは連邦国家であるため、各州毎に建築技術者に関する法律、制度は異なっています。しかし、多くの州は、メキシコ市(連邦特別区、Distrito Federal)のDROと類似の制度を持っていますので、ここではメキシコ市のDROについて説明します。
 メキシコ市においては、軽微な工事以外の建築工事は、市の建築許可が必要であり、この申請書にはDROの署名が必要です。メキシコ市は、建築許可に必要な手続を行っているかどうかを審査するだけであり、計画の内容については一切審査しません。
 DROの主な責務は、次のとおりです。
(1)建築許可の申請書及び設計図書に署名し、当該工事に関する責任を負うこと。
(2)工事に係る設計及び施工が関係法令の規定を満たすよう、工事を指揮、監督すること。
(3)工事期間中の工事関係者、第三者の安全対策を講じること。
(4)所要事項を記載した工事日誌を工事現場に備えること、等。
 なお、1987年のメキシコ市建築基準の改正によるDRO制度制定以前は、PERITO(専門家という意味)という資格を持った技術者が、同様な権限を持っていました。
 また、メキシコ市においては、DROの他、連帯工事責任者(Corresponsable)という資格があります。連帯工事責任者は、DROと連帯して、構造安全、都市計画、建築設計及び設備に関して責任を負うものです。一定要件の建物についてメキシコ市の建築許可を得るためには、許可申請書に、構造安全、都市計画及び建築設計並びに設備に係る連帯工事責任者の署名が必要となります。

2 資格要件

 DROの資格は、工事責任者及び連帯工事責任者資格審査委員会(La Comisiõn de Admisiõn de Directores Responsables de Obra y Corresponsables、以下「審査委員会」という)が登録します。審査委員会は、市の代表者2名、メキシコ市建築家協会(CAM)、メキシコ市土木技師協会(CICM)等の専門家団体の代表者6名及び全国建設産業会議所(CNIC)等の業界団体の代表2名、計10名で構成されており、DRO及び連帯工事責任者(以下「DRO等」という)の登録希望者の審査、DRO等の登録及び行動の監察、DRO等に認可した建築許可の記録の管理等を行っています。DROの登録要件は、次のとおりです。
(1)建築家、土木技師、建築技師、地方自治体技師または軍事建設技師の称号を持っていること。
(2)関係法令の内容を熟知していることを証明できること。
(3)5年以上の実務経験を有すること。
(4)(1)の専門家団体の会員であること。
 DROの登録は、3年毎に更新されます。次の場合は、登録の効力が停止(3~6カ月)され、重大な違反の場合には、登録が無効にされます。
(1)虚偽の資料を提出してDROの登録をした場合
(2)建築許可申請書又はその付属文書に、意図的に虚偽の書類又は誤った内容を記載して提出した場合
(3)建築許可申請書に署名した工事について、その責務を遂行しない場合

3 人数及び称号

 DROの人数及び称号を、表3に示します。また、連帯工事責任者の人数及び称号を、表4に示します。

(1996年1月1日現在)

表4:メキシコ市の連帯工事責任者の人数及び称号
職種 建築家 土木技師 建築技師 地方自治体技師 軍事建設技師 機械技師 電気機械技師 電気技師 電気通信技師 工業技師 合計
構造安全 6 175 3 0 0 184
都市計画及び建築設計 312 15 101 0 0 428
設備 3 19 10 4 0 16 41 36 6 2 137
合計 321 209 114 4 0 16 41 36 6 2 749

(1996年1月1日現在)

4 今後の課題

 メキシコ市の建築基準は、一定のレベルには達していると言われています。しかしながら、実際に施工された建築物には、構造安全性や設備などにしばしば問題が生じています。
 その理由としては、建築物の設計、施工が、実質的にすべてDROの能力に委ねられているが、DROにはそれに応えるだけの知識がない場合が往々にしてあること、施工時の品質管理が不十分なことなどが指摘されています。
 メキシコの建築関連技術者制度は、建築家とDROが両輪となってプロジェクトを進めていく点、特にDROに大きな権限が与えられている点に特徴があります。この事は、建築家の資格を持つのみでは、実務的な能力の水準が十分に担保されていない場合があるともいえます。また、建築家の教育、訓練、免許制度についても、大学卒業後に建築家資格試験を受ける必要がない点等も、カナダやアメリカの制度と幾分異なる部分があります。しかし、相互認証に当っては、メキシコにおける制度の差を補うために、建築家免許証の他に業務経歴書を要求する条項を加えること等により、協定を進めている模様です。
 教育や免許制度に関しては、カナダやアメリカよりもむしろメキシコの方に類似している国も、ヨーロッパを含め数多く存在しているようです。このような異なる背景を持つ国間の建築家資格の相互認証を考えて行く上で、北米3カ国の相互認証協定の動向については、注目する必要があるといえます。

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