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公益財団法人 建築技術教育普及センター
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「国家競争政策」に揺れるオーストラリア建築家制度

(財)建築技術教育普及センター建築技術者教育研究所
 所長 小泉重信

「QUA クウェイ」NO.20(2001年)より

1. 競争政策を必要とする背景

 OECD諸国の中でのオーストラリア経済の相対的地位が、ここ30年ほどの間に低下してきている状況から、政府は危機感を覚えていました。そして経済基盤弱体化の最大原因が、経済の主要分野における保護政策にあると考え、大規模な競争政策をとることにしました。1992年に、連邦政府、各州、特別地域の9機関からなるオーストラリア政府審議会(CAG)は、独立した国家競争審議会(NCC)を設立し、この委員会から提案された勧告案を元に、1995年には多くの改革案をセットにした「国家競争政策」(NCP)を発表しました。
 この政策は、競争を可能とする多くの改革を対象とし、特に従来長期にわたって安定していた分野にも改革の手を広げようとするものです。主要な改革対象は次のとおりです。
(1) すべての業務について反競争的活動を禁止する取引慣行法の拡大
(2) 民間事業と政府事業との間の立場の均等化、競争的中立性の導入
(3) 規制による社会全体の便益が費用を上回るか、または規制が社会の便益上、直接必要な場合を除き、競争を制限する全ての法制度の改革
(4) 競争的企業が国家的重要インフラを利用しやすくする「国家アクセス制度」(NAR)の創設
(5) ライフライン、道路交通産業に対する規制特別改革
 国家競争政策は、各政府に対し、競争制限になって公共の福祉の観点から正当化されがたい法律を確認し、改正することを要請しています。約1700件の法制度が審査される予定で、当初2000年末までに全法制度の審査を終了する予定でしたが、遅れて、最近では2002年6月までに延期されています。

2.「生産性委員会」による「建築職能規制法制審査報告書」の波紋

 国家競争政策の実行体制の一環として、1998年4月、財務大臣の下に、「生産性委員会法」に基づいた「生産性委員会」(PC)が設立されています。委員は4ないし11人で、5年の任期で総督から任命され、他に協力委員が財務大臣より任命されます。生産性委員会は、ミクロ経済全般の改革について担当する連邦政府の主要な諮問機関です。公共、民間の全分野を対象とし、各州、準州及び特別地域のみならず、連邦政府の責任分野をも担当します。法律に基づく機能は次のとおりです。 (1) 産業及び生産性に関する事項について、公開調査を実施し報告する。 (2) オーストラリア政府審議会等、政府機関に対し、事務及び調査サービスを実施する。 (3) 連邦政府の競争的中立性整備の実施に関する不服について調査し報告する。 (4)産業及び生産性に関する事項について、要求があれば財務大臣に勧告する。
 委員会は、その他これらの機能に関連した活動について柔軟性をもって企画することができます。
 オーストラリアの建築家(Architect)を中心とした建築専門職能制度についても、一般産業の競争性向上の政策対象外では、ありえなく、生産性委員会は、主として建築家の規制制度についても改革の対象とみなして検討を進めてきました。まず、現行制度について深く検討し、広く各界より意見を徴しながら、審査した結果を、原案として2000年4月に発表しました。その後、この原案に対する意見を、再度、広く公募し、更に公聴会を各地方で開催したりして、最終報告書をまとめ、2000年11月16日、「建築職能規制法制審査報告書」(RLRAP)を公表するに至りました。担当の委員はエコノミストで、各界の意見を丹念に聴取し、競争条件下で消費者の便益を最大化するため、既得権益に相当する部分にも、大胆に意見を提出しています。ここでは、最終報告書の勧告に関する部分を紹介しましょう。

勧告

 「州及び特別地域建築家法は、適切な周知期間(2年)を経た後、これを廃止し、全国一本の、法律に基づかない認証制度、学課認定制度で、オーストラリア国民及び海外の顧客の要求にも合致するシステムに、改善されるべきである。
 建築物設計業務者(building design practitioners)を含み、責任者として活動する建築物業務者(building practitioners)の全てに登録義務を課している州及び特別地域にあっては、建築家については、次の原則が課されなければならない。すなわち、
(1) 建築家は、全産業及び消費者代表を含む広範な代表による総合的建築業務者協議会の傘下に包含されるべきこと。
(2) 建築物設計(ビルディング・デザイン)業務と建築(アーキテクチュアー)業務との間に一切の制限があってはならないこと。
(3) 「登録建築家」の称号の使用は登録者のみに限定されるが、一般的に「建築家」とか、またはそれに類する称号の使用には、制限があってはならないこと。
(4) 契約責任者(個人であって企業ではない)のみは登録者でなければならないこと。
(5) アクセス可能で、透明で、独立に管理された消費者不服申立て手続き及び懲戒手続きに関する規定がなければならないこと。
(6) 資格証明に対する異議申し立ての余地がなければならないこと。(たとえば、登録に適格な別種の資格と経験を持った建築家の証明)」
 以上の勧告の他、12章にわたり各種の分野の意見を紹介しつつ、審査結果をまとめています。

3.「審査報告書」の勧告に対する建築職能団体の反応各様

 生産性委員会の調査報告書に対する建築関係諸団体の反応は様々です。オーストラリア政府審議会、国家競争審議会、生産性委員会は、いずれも諮問機関で直接の執行機関ではありませんが、中央及び各地方政府はその意見を尊重する必要があります。実施にあたっては、まず、各政府機関が法改正を行う必要があります。現在、オーストラリアの建築家法は、各州及び特別地域の個別立法になっていますので、この審査報告書の勧告を受けた各州及び特別地域は、地方政府間検討作業グループ(IGWG)を構成して、対応策を検討しているのが現状です。直接、利害関係の深い建築家関係のプロフェッショナル団体は、生産性委員会の勧告に対し、盛んに牽制を送っていましたが、既に、勧告案は出され、各州及び特別地域の実態的な法改正段階に入っていますので、それでも我田引水的な提案を積極的に働きかけています。オーストラリアはAPECアーキテクトプログラムの主導者ですが、実態は、国際的どころか国内的な対応にも追われているようです。
 次に、主要な関係団体の生産性委員会審査に対する意見とその後の対応について一部紹介します。

(1) RAIAとACAの意見

 建築家関係団体のうち、オーストラリア王立建築家協会(RAIA)とコンサルティング建築家協会(ACA)の両団体は、審査中に積極的な反論を提出してきましたが、最終報告者が公表された後も、共同で検討を続け、2001年4月、「建築家職能規制に関する推奨モデル案」を策定し、次のように公表しています。
 「建築家(アーキテクト)団体の意見として、(a)制度システムの費用の削減、(b)競争上の障壁の排除、純粋に公共の便益の増大、(c)消費者の信頼と保護の拡大------の3点を達成すること」を目標に、次の推奨モデル案を提示しました。すなわち、
1)次の全ての登録事務を行うため全国一元化された登録機関を創設する。
 (a)建築教育学科課程の認定、(b)登録価値基準の決定、(c)登録申請者用試験、評価の実施、(d)登録対象者の決定、(e)登録者名簿の管理
2)全国登録機関は各州及び特別地域政府の共有とし、運営する。
3)建築家の行為規制及び建築家法制度下における懲戒の執行と処罰の決定は、各州及び特別地域の所管地域ごとに当局の責任として存続させる。
4)本モデル案は、現段階では、各州及び特別地域の規制当局の構成を規定するものではないが、1人は法律の専門家、他の1人は建設産業界からの代表者を含み、一般社会人と建築専門職能者と同数の代表者からなることが望ましい。
5)本モデル案は、現段階では、企業登録の問題を示してはいない。しかし、提案にかかる全国登録システムは、登録建築家の効率的な管理、建築サービスの提供、処分の実施により、公共の福祉に寄与するものである。
6)全国登録機関の定款により、州及び特別地域の規制当局による要請があれば、登録名簿から建築家の氏名を抹消する。

(2)AACA等の提案

 オーストラリア建築家教育課程認定協議会(AACA)は教育課程の認定協議会で、原則として現行建築家法に準拠して活動を続けているので、立場はRAIAやACAとほぼ同様であり、三者による作業グループで提案を検討しています。その提案によると、次の12原則を掲げています。
1)生産性委員会の勧告にある現行建築家法の廃止案には反対する。
2)建築家の規制及び登録に関する各州及び特別地域の現行法制度を存続させる。
3)法制度は各管轄地域において統一規定により調和させる。
4)各管轄地域の統一規定は国の法制度指針に基づかせる。
5)登録当局は職能団体や協会から独立した機関とする。
6)国内及び国際的認定標準の質水準、手続き、国内的統一性を維持するため、全国調整機関を創設する。
7)全国調整機関は、消費者代表、8つの州及び特別地域、RAIAから平等にメンバーを構成する。
8)称号使用の全国システムは全国調整機関で確立する。
9)毎年更新の必要がある業務証明と共に2段階登録システムを促進する。
10)全国調整機関はオーストラリアの最新総合建築家名簿を発行する。
11)全国調整機関は各州及び特別地域で採用できるよう全国行動綱領を策定する。
12)全国調整機関にはAACAがなるべきである。」
 このように、大改革には反対しつつ、全国調整機関は自分の機関が適任であると公言しています。

(3)建築物設計者協会(BDAA)への配慮

 建築物設計者の団体であるBDAAは、かねがね建築家団体のエリート意識に異論を唱え、住宅生産等の建築業の広範な部門で実質的な実績をあげているにもかかわらず、あまり評価さていない点に不満を抱いているようです。生産性委員会も、やや同情的で、建築家の独占に対する批判と競争制限の撤廃には前向きのようです。審査の対象も、建築家に限定せず、建築物業務全体に対象を拡大していることからも、その配慮が伺われます。
 果たして、今後、現行法制度の改正に至るのか、一部修正で現行体制が継続するのか、注目されるところです。

CAG :The Council of Australian Governments
NCC :The National Competition Council
NCP :The National Competition Policy
NAR :The National Access Regime
PC :The Productivity Commission
RLRAP:The Review of Legislation Regulating the Architectural Profession
IGWG :The Inter-Governmental Working Group
RAIA :The Royal Australian Institute of Architects
ACA :The Association Consulting Architects
AACA :The Architects Accreditation Council of Australia
BDAA :The Building Designers Association of Australia

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