英国における建築関係職能者の継続システム
(財)建築技術教育普及センター建築技術者教育研究所長 小泉重信
「QUA クウェイ」NO.6(1998年)より
1 継続教育システムとしてのCPD
英国における建築関係の継続教育システムについては、職能団体が主体になって統一的にCPD(Continuing Professional Development) と称しています。直訳すれば継続的職能啓発であり、いわゆる生涯学習(Life-long Learning)とか継続教育(Continuing Education)という言葉ではありません。教育には学校教育等、上から下への一方的、強制的なニュアンスが多少あるので、これを避け、プロフェッショナルとしての職業人の自主性を尊重し、職能団体はCPDと称しているようです。しかし、通常、国際的に言われている継続教育との違いは基本的にありませんので、ここではCPDを継続教育と同義のものとして扱うこととします。
CPDは英国のCIC(The Construction Industry Council 建設産業評議会)の常設委員会であるCPD ・CG(the CPD in Construction Group 建設CPDグループ)によると1989年に次のような統一的定義がなされました。
「実務家の職業生活を通じて、職能的、技術的義務を果たすに必要な知識及び技能の体系的な維持、改善及び拡大、並びに個人的資質の啓発」
CPDは個人の専門的能力の改善向上を目的とした一つの手段ですが、どのような分野の仕事にあっても、専門的職業人としては、初期の学校教育と訓練のみに依存しているわけにはいきません。新しい知識と発展して止まない高い水準の技術を常時身につけていることは実務家個人に必要であるばかりではなく、その雇用者、職能団体、教育機関等が共にCPD実施の責任を有しているとみられるようになってきました。
参考までに、現在、UIA(Union Internationale des Architectes 世界建築家連合)がまとめようとしている「建築家実務の国際推奨基準(案)」による定義では、「継続教育(Continuing Education)とは建築家の持続的能力を確実にするため、知識及び技術を維持、向上または増大させる生涯学習のプロセスである」としています。
2 職能団体のためのCPD
洋の東西を問わず、どのような団体でも、その構成員の増大、共通利害関係の整序に努力を傾け、組織体と構成員の発展を願うものです。社会の活動が複雑になり、新しく必要となる業務の分野が拡大し、多様化してゆくとともに、新たな技術開発が進められてくると、従来と同じ技術の水準と同じ範囲の業務のみを行っている職業人では、その変化に対応できなくなります。元来、プロは常に社会経済の変化に即応してゆく努力をすべきものではありますが、個別に行うよりも、共通に必要な教育学習は、組織的、体系的に行うことのほうが、偏りもなく合理的、かつ、効率的です。
時代の変化に応じて発生する新たな業務を誰が担当するのか、既存の職能団体の間でその境界に位置する同志で、業務参入の競合関係も生じています。プロジェクト・マネージメント業務はその一つの例です。従って、各団体は、新規業務遂行上の能力維持に努め、自己の相対的優位性を社会に示すことが必要になっています。このため、内部的にも対外的にも常に実力の向上に励まなければなりません。CPDが職能団体から生まれた背景にはこのようなこともあったと考えられます。
しかし、一方ではCPDに団体間共通のプログラムがあり、個人は任意に選択できるという融通性もあるようで実態は複雑です。
英国では、日本や米国と違って、建築業務の遂行に法制上の資格要件はありません。建築家は名称使用上の独占性のみが法的に定められているだけで、職業資格ではありません。また、団体名称に王立(Royal)の認可、資格名称に公認(Chartered)等の認可制はありますが、資格者業務の法律制限とは異なります。それだけに、民間の自主的な職能団体活動が社会的に評価されることが重要になっているわけです。
3 CPDの経緯
昔から、各団体は会員向けにセミナーや講演会等を開催したり、出版物の刊行等を通じて、情報の伝達を図ってきていますが、体系的なシステムとして継続教育に相当する事業を実施してきたわけではありませんでした。CPDはこれら一連の活動を正式なシステムとして確立しようとした点に特色があります。
建築家の継続教育については、今から約23年前の1975年、ヨークセンター(the York Centre for the Development of Continuing Education for the Building Profession 建築職能継続教育発展ヨークセンター)が、旧ARCUK(Architects Registration Council of the United Kingdom 英国建築家登録審議会)から5万ポンドの基金を得て設立され活動したのが初めのようです。ARCUKは現在改組されARB(The Architects Registration Board 建築家登録委員会)となっています。
その5年後、CPD・CGに引き継がれ、更にその後、CICの常設委員会となって継続しています。
CPDは資格付与の時だけのための学習から、生涯学習へと転換させる大きな文化的な変化をもたらすものと考えられています。文化的な変化には一般に一世代つまり少なくとも25年ぐらいはかかると見られていますから、英国のCPDはようやく定着の時期に入ってきたといえるのかも知れません。
4 CICのCPD方策
CICとは、建設産業に関係する延べ32万人以上の職能者を会員にもつ団体全てのための代表制フォーラムです。
CICの歴史はそれほど古くなく、設立は1988年です。その目的は、(1)顧客に対する一層の効率性、品質、改善サービスの提供、(2)会員業務の付加価値の向上、(3)建設産業界の統一意見陳述のためのフォーラムの維持、支援、の3つです。
CICは、各3年毎にCIC・CP(Corporate Plan)と呼ばれる団体としての基本計画を立て、優先すべき詳細な行動計画を定めています。CICは定期的に方針を決定し、業務・手続の改善とともに、業界内部での重複の削減を図るため各種の調査研究を実施し、報告書を刊行しています。
CICは、政府と建設産業界とを結びつける主要な媒介機能を果たしており、CIEC(the Construction Industry Employers' Council建設産業使用者協議会)とパートナーシップを有しています。
活動としては、CIT(the Construction Information Technology 建設情報技術)フォーラムや、建設分野で国家職業資格のNVQの推進を監視するCC(the Construction Careers 建設職業 )フォーラムの設立に貢献しました。
CICの会員構成は、正会員と準会員とがあり、正会員にはロイヤルチャーターを有する公認職能者団体、それを有しない非公認職能者団体、およびビジネス会員つまり公民を問わず職能的サービスや請負契約を行う機関の団体で建設産業業務の効率性に関係しているものとの3種があります。前2者は、職能者個人の団体、後者はコンサルタント等、組織として活動する職能者の団体です。準会員は建設産業界にあって限定的なグループを代表する機関で、投票権等の決定権は有していません。
正会員 | 公認団体 | CIOB,CIBSE,ICE,IStructE, RIBA,RICS,RTPI |
---|---|---|
非公認団体 | ASI,ABE,BIET,BIAT,IBC, ICWGB,ICM,IHIE,IMBM, IoP,ICES,LI,SST |
|
営利団体 | ACA,ACE,BFRC,CQSA,GF | |
準会員 | AHS,BACH,CITB,FB,ICT, SCHSA |
CICのCPD・CG(継続職能啓発建設グループ)の委員会構成は、1994年当時、CICの正会員の他、旧ARCUK、BCT(ビルディングセンタートラスト)、BRE(建築研究所)、BSRIA(建築設備情報協会)等が加わり、オブザーバーとして労働省、環境省およびCISC(建設産業常任会議)が参加していました。
CPDに関する活動方針は、まず第一に、CPDの情報交流を通じ、職能団体、企業、個人がCPDを積極的に実施してゆくことを勧告すること、次いでCPDを支援するために政府や他機関に要請すること、公民両分野にわたり、講座等教育プログラムの提供者との連携を図ること等としています。
団体名 | 要件 | 年間最低 必要時間 |
チェック方式 | ||
---|---|---|---|---|---|
サンプル調査 | 更新時要求 | ||||
ASI | 建築家調査士協会 | 義務 | 20 | ○ | ○ |
ABE | 建築技術者協会 | 義務 | 20 | ○ | |
BIET | 技術者技能者合同委員会 | 義務 | 35 | ○ | |
CIOB | 公認建築生産監理協会 | 義務 | 35 | ○ | ○ |
CIBSE | 公認建築設備技術者協会 | 義務 | 30 | ○ | |
IBC | 建築検査協会 | 義務 | 15 | ○ | ○ |
IGWGB | 英国事務経理士協会 | 推奨 | 20 | ||
IHIE | 高速道路合同技術者協会 | 推奨 | 35 | ||
IMBM | 建築維持監理協会 | 義務 | 20 | ○ | ○ |
IoP | 管工事協会 | 任意 | 規定なし | ○ | |
ICE | 土木技術者協会 | 義務 | 35 | ○ | |
ICES | 土木技術調査士協会 | 義務 | 25 | ○ | ○ |
IStructE | 構造技術者協会 | 義務 | 20 | ○ | ○ |
LI | 景観協会 | 義務 | 20 | ○ | ○ |
RIBA | 王立英国建築家協会 | 義務 | 35 | * | |
RICS | 王立公認調査士協会 | 義務 | 20 | ○ | ○ |
SST | 調査技能士協会 | 義務 | 20 | ○ | ○ |
RTPI | 王立都市計画協会 | 義務 | 25 | ○ | ○ |
注 本表は1994年8月現在のものである。
※ RIBAは1998年1月より抽出調査が実施される。
5 CPDの実施手段
CICのCPD・CGが行っているCPDの手段には、定期刊行物の発行、多様なビデオの製作があり、扱うテーマの例としては、業務の委託、契約手続き、建築瑕疵(かし)、性能基準、省エネ、構造材と非構造部材との相互関係、建設業における職能チームワークの監理、職務能力の改善等があります。
各職能団体も個別にまたは共通のものとして各種のCPD手段を持っています。主要なタイプのものは次のとおりです。
- 技術的、専門的会議、講演会、研修会、ワークショップ、調査出張
- 組織内または組織間の討議、調査活動
- 通信教育学習((ビデオ、オーディオ、スライド、通信)
- 文献による個人別の体系的学習
- 出版用記事の執筆
- 非教育者の教育活動
- 教育者の教育実践
- 論文作成、技術的会合・研究グループへの貢献
- 検査、指導
- 業務変更、出向
6 職能者個人の努力義務としてのCPD
CPDの必要性はまさに各個人に固有のものであり、どのCPDを、どのように、また何時実施するかはその個人と属する組織が決めることとなっています。したがって、まず各人が現在行っている仕事及び今後予想される役割に対し、自分の能力の長所と短所を現実的に、かつ批判的に正しく評価することが必要になります。その後、自己の職能啓発計画を立て、目的に沿った行動の記録をとり、以後定期的にチェックすることが求められます。
CICのCGが考えているCPDのタイプとして2種のものがあります。一つは専門職業に関する知識と技能の改善に関するもの、他は個人の資質に関するものです。後者は、例えば人間関係の技術のようなもので、ボランタリー団体でのサービスに参加するなど、その人の専門とは直接関係ないところで達成されるようなものをさしています。職能にはマーネージメントの重要性を評価したものと考えられます。
7 RIBAのCPD
RIBA(Royal Institute of British Architects 王立英国建築家協会)においてもCPDは協会の業務遂行上、重要な役割を有していると認識しています。
1993年1月より、正会員は毎年最低35時間以上のCPDの実施を要求されています。ただし、完全に業務からリタイアした人は免除されています。会員はPDP(The Personal Development Plan)と称する個人別啓発計画を立て、その遂行が勧告されています。
PDPは既に実務で得た実績と経験を考慮し、個人別の活動領域を定めてCPD達成のための計画とするもので実行を記録する機会を与えるものです。
RIBAは当初、各会員のCPD活動については、方針は義務とし、実行は自主的なものとして、一切監視はしないという立場をとってきましたが、1998年1月から無作為抽出により年間1500人の会員を選び、モニタリング調査を開始することになりました。他の団体との足並みを揃えたのかもしれません。RIBAとしては、この調査は会員の行動の良し悪しを評価するのではなく、会員が何を行い、どのような計画を策定し、協会が会員に何を支援してやれるかを見出すためのものと言っています。
調査の対象に選ばれた会員はRIBAからの訪問を受け入れ業務に関するCPDの運営について討議することが期待されています。
ARB(建築家登録委員会)は、登録建築家が職業能力を保持し続けることを要求しています。そこでCPDを記録しておくことは、この登録保持の条件を満たしていることを示すものとなっています。
1995年1月からRIBAはCPD活動を組織的に推進するため各種活動事業のプロバイダーネットワークを設立することにしました。まず、広く一般からプロバイダーを募り、活動内容、文書、プレゼンテーション、セミナー等の内容を審査し、技術的な妥当性をチェックして承認することにしています。会員の建築家が業者から強引な売込み攻撃をうけないようにも注意をしているようです。
プロバイダーはCPD活動参入の費用として年間1000ポンドをRIBAに支払っています。RIBAの認可を受けたネットワークの構成員は1997年6月現在、プレゼンテーション39、技術書出版23、ビデオ8、工場見学1のメニューだそうです。
業務・監理 | 設計・技術 | |
---|---|---|
1取得済み技能の維持 | 顧客監理 業務監理 作業監理 リスク監理 |
建築法規 施工現場 計画事項 詳細設計 環境設計・技術 |
2取得済み技能の向上 | 業務推進 人材監理 建築発注法 情報監理 |
設計更新 技術更新 建築職能組織 歴史的建築物 |
3新規分野 | 業務形態 新規サービス 品質保証 EU市場 |
省エネルギー 新素材 新設計技法 人材開発 |
8 RICSのCPD
英国に固有で有名な職能団体であるRICS(The Royal Institute of Chartered Surveyors 王立公認調査士協会)は、その歴史は古く、200年以上溯るといわれています。直接の前身は1868年の調査士協会ですが、1881年に勅許状を、1921年に王立称号を得ました。1947年から現在の協会名になりました。不動産監理、土地測量、建築積算等の職種に関する調査士を会員とする組織で会員は9万人を超えているそうです。
RICSのCPDは、既に1981年に正会員にその実施を奨励しはじめました。当時は新規の会員のみに義務化していましたが、1991年からすべての会員を対象とすることにしました。RICSのCPDのノルマは年間20時間でスタートしています。
9 CIOBのCPD
CIOB(The Chartered Institute of Building 建築生産監理協会)は1834年、ビルダー組合という技術者の任意の団体として発足し、1884年法人化、1965年名称の変更、1980年勅許状を与えられた、建築の施工、工事監理等の技術者の団体です。会員はおよそ3万人です。
CIOBのCPDは、1993年3月全国大会で定められ、職能者個人はもとより、顧客、使用者、同僚に対しても大切であると認識されました。年間最低必要時間数は35時間となっています。
技術的に1960年代以前の学歴では現実の実務には限界があり、更新されるべきといっています。
10 CPDの課題
CPDに関する各種の調査がそれぞれの団体を通じて実施されその課題が検討されています。
一般にCPDの基本的な考え方とその方針については、大方の賛成を得ていると報告されています。しかし、実践的な方法とその実質的な効果例えば教育の質を時間では計れない等については様々な意見があるようです。
