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公益財団法人 建築技術教育普及センター
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フィンランドの建築教育1

永井かおり(前・在フィンランド日本国大使館専門調査員)
大久保慈(ヘルシンキ工科大学建築学科ディプロマ学生)

今号と次号の連載で、フィンランドの建築教育をご紹介いたします。
「はじめに」は永井かおり氏、それ以降は大久保慈氏の執筆です。

「QUA クウェイ」NO.32(2005年)より

はじめに

 昨年12月8日、「日本、学力大幅に低下」、「『学力トップ』陥落の衝撃」といった見出しが紙面に躍りました。経済協力開発機構(OECD)が2003年に実施した国際的な学力到達度調査の結果発表を受けた記事です。調査は15歳児を対象とし、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について実施されました。今回は、2000年の第1回調査に続く2回目の調査でした。日本の読解力が前回の8位から14位へ、数学的リテラシーは1位から6位へと転落したのを受け、文部科学省は「日本の学力はもはや世界のトップ水準とはいえない」との認識を示しました。
 一方、この調査での好成績で注目を集めているのがフィンランドです。読解力は2回連続第1位。数学的リテラシーは4位から2位へ、科学的リテラシーは3位から1位へと上昇しました。今、各国の教育関係者が視察のためフィンランドを訪れています。
 フィンランドの教育行政で特徴的なのは分権主義です。国が原則10年ごとに定める教育指針は1990年代に簡約化され、到達目標を示すだけとなりました。目標への到達手段は地方自治体や学校、教師の裁量に委ねられているのです。
 フィンランドの義務教育は9年間です。各地方自治体が地域の就学年齢児童への義務教育提供の義務を負っており、就学率は99.7%を誇ります。
 義務教育終了後、約56%が普通高校に、約35%が職業高校に進学します。普通高校では、全国統一の高校卒業資格試験の合格をもって卒業が認定され、同時に大学受験の資格が与えられます。職業学校は約160の職種を網羅しており、6カ月に及ぶ実地研修を必修とするなど、実践を重んじた職業教育が行われています。
 大学では、5年間で修士号を取得するのが標準とされていますが、実際の在学年数は平均6.5年です。在学中も職務経験を積むのが一般的で、在学年数が標準を上回っていても就職に不利になることはありません。
 日本では、新卒者は就職後に新人研修などを通じて必要な知識・技術を習得するのが一般的であるのに対し、フィンランドでは即戦力となることが採用の前提とされます。この相違が教育のあり方にも反映されていると言えます。では、即戦力たりうる、高い専門性を備えた「新卒者」はどのように養成されているのでしょうか。引き続き、実際にフィンランドで教育を受けている大久保慈さんが建築教育の現場を紹介します。

フィンランド建築の土壌とヘルシンキ工科大学

 私が初めてフィンランドへ来たのは日本の大学で建築を学んでいた頃でした。当時建築に対して熱意に欠ける学生であった私は、アルバイトで溜めたお金を全てかき集め、北欧への旅行へ出かけました。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンと旅行し、そして最終目的地であるフィンランドで、何となく訪れたアルバ・アールトの建築に魅了されてしまいました。もう10年も前のことです。
 日本へ帰りフィンランド建築について調べるうちにぜひともフィンランドで建築を勉強をしたいと思いました。卒業と同時にロータリー財団奨学生となることが決まり、1年余りの準備期間を経て再びフィンランドへと旅立ちました。
 私ははじめヘルシンキ工科大学のインターナショナル・マスター・プログラムという2年間のコースで修士号を取得しようと思っていました。ところがEUへの移行など激しい変遷の時期、私がフィンランドへと出発する直前になってコースそのものが閉鎖されてしまったのです。そこでまずは聴講生として1年間在籍し、後に一般入試を受けて再入学し、今に至っています。
 フィンランド国内で3校ある大学レベルの建築学科のうちヘルシンキ工科大学建築学科は最も古い伝統があります。アルバ・アールトをはじめ国内外を代表する建築家を輩出した学校です。80年代の大不況の際に行われた大規模な教育、産業、経済改革にのっとり、ここでは社会に優良な建築家を送り出すという明確な目標を掲げています。
 今年発表になったフィンランドの建築学生の平均ディプロマ取得年数は11.8年です。ディプロマというのは工科系の学生のみに与えられる学位で、学部と修士課程をあわせたようなものです。11.8年とはいえ学生達は3~4年程度の基礎教育の後、海外留学をしたり、働きに出たりしながら専門教育を受けます。そうして卒業するころには一人前の建築家、プロフェッショナルとして学校を出て行くのです。

適性検査としての入試

 私は11.8年もかかるとは考えもせずに半分意地で入学してしまいました。競争率10倍を超える入試は3段階で4カ月近くかかります。試験はフィンランド人気質とこの学校の建築教育そのものです。合理的で実践的なのです。
 1次試験は模型2点と図画2点の郵送提出で志願者の半分近くが振り落とされます。2次試験は基礎数学と書類審査。そうして3次試験は1日7時間の試験が4日間に渡って続くのです。浪人を繰り返す人もいますし、不合格になって他の建築学校へ通い、再挑戦する人もいます。しかし前述のようにこの試験は実践的であり、いかに建築的ものの見方、考え方ができるかということに基準が置かれているので一度建築を勉強した人は有利に試験を進められるのではないでしょうか。私は実際に自分が卒業した日本の大学の入試を再度受けたとしても合格する自信はありません。しかしヘルシンキ工科大学の入試ならば、自分が受験した当時よりも今のほうが余裕を持って合格できるような気がします。それは入試で考査された部分を、その後の教育でさらに深めていくからです。
 それらの試験を全て英語で受けた私は、合格通知を受け取ると同時に新たな問題に直面しました。合格通知は英語でした。でもそれに同封されていた集合場所や今後の日程といった書類は全てフィンランド語だったのです。ヘルシンキ工科大学は英語、フィンランド語、スウェーデン語のいずれかが基準に達していればその他の言語能力は問わないはずです。しかし英語だけで何とかなると思っていた私の考えはかなり甘かったようです。その日から全てがフィンランド語になってしまいました。

建築家への第一歩、基礎教育

 学校で最初に待ち構えていたのは、入学オリエンテーションでした。新入生は教授陣8人とその他の専任講師全員と顔を会わせます。都市計画の教授が船でヘルシンキの海側からの遠景の美しさを説き、公共建築の教授は自分の作品を案内してくれます。アルバ・アールトのアトリエも訪れました。オリエンテーションの後半は二泊三日の合宿で、入試の延長線上のような工作をグループワークで行います。砂の城であったり森の中で拾った材料だけで作る秘密の隠れ家作りです。遊びの様でもありながら発表会が行われ自分達の作品を紹介し、教授達や講師達がデザインや材料、機能性、創造性について講評をします。
 オリエンテーションでの工作はその後の基礎教育にそのままつながっていきます。基礎教育は3年から5年程度かかりますが、これは必ずその年に決まった授業を履修しなくてはならない、というものではなく、学生達は自分のペースで進めていくことができ、年数は決まっていません。フィンランドの建築は地形や植生、住環境に配慮した厳格な都市計画にのっとって建てられ、その都市計画自体にも建築家が深く関与しているので、建築の学生といえども建築史や構造などのほかに都市計画やランドスケープの基礎教育が必須になっています。日本の大学のように設計の授業で製図し、その他の授業では講義に出席するというようなものではなく、ほとんどの授業は講義と設計演習、テスト、レポートなどのパッケージになっているので同時進行でいくつかの課題制作をこなさなくてはなりません。
 いくつかの特色ある授業を具体的に紹介しましょう。建築意匠としては、デッサンや油彩、彫刻、写真などの造形クラスに加えて、より建築的な建築意匠IとIIがあります。そこでは近代、現代建築の講義、レポートに加えて演習があります。演習では楽器の平、立、断面図の制作に始まり、ドアの取っ手のデザイン、制作などの課題をこなします。だんだん空間デザインに近づいていき、最後は小規模の住宅を設計します。これは入試の課題制作からオリエンテーションを経ていよいよ建築に入っていく導入のようなものでしょうか。
 構法は日本の大学の工法と材料、構造を合わせたようなものです。木構造、膜構造、煉瓦造、鉄筋コンクリート造、鉄骨造と進み、最終的には木造のサウナ小屋を設計して詳細図まで作成します。そこではデザインに加え、構造の耐久性や材料の効率的な利用といったことを実施で学びます。例えば木構造ではグループで木材とロープを使って幅30cm長さ2m程度の橋を作ります。最後の講評会ではその制作メンバーが一人ずつ、壊れるまで橋に上がっていきその耐久性と橋自体の重さから点数がつくのです。張り構造ではテントの模型を作り、煉瓦造ではミニ煉瓦を積んで暖炉を作り、鉄筋コンクリートでは実際にコンクリートを打ちます。

海外経験

 あらかたの基礎教育を終えると多くの学生が海外へ留学や仕事に出かけます。北欧諸国内またはEU諸国内の留学のための奨学制度に加え、学校独自の交換留学協定制度が充実しています。それらを利用して、半年から1年程度海外留学をするのは一般的です。また海外職業研修制度を利用したり自分で海外の建築事務所へ働き口を求めて、海外へと旅立ちます。海外経験が高く評価されていることに加えて、フィンランドの公用語が2カ国語であることなどから、たいていの学生は3~4カ国語を自在に操り、外国語に対する抵抗が少ない土壌であることも一因ではないでしょうか。
 私自身も職業研修でエジプトで7週間を過ごしました。その際にフィンランド文化省からの補助金や学校からの奨学制度を利用できたことを付け加えておきます。


グループ・ワークで課題を制作する学生。(写真提供/ヘルシンキ工科大学)

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